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読書百遍

一冊百回、一月百冊

自転車のベルや車のクラクションを不快に感じたら読む記事

散歩していたり、自宅にいるときでもよくクラクションが聞こえる。

自転車のベルもよく聞こえる。

 

一体なぜ?

天下の往来はそんな無法地帯なのか。

 

せっかくなので警音器について調べてみる。

 

まずは道路交通法の中で、警音器について規程されている条文を引用。

読みやすくするため、一部段改変を行っています。

第五四条

車両等(自転車以外の軽車両を除く。以下この条において同じ。)の運転者は、次の各号に掲げる場合においては、警音器を鳴らさなければならない。
一 

左右の見とおしのきかない交差点、

見とおしのきかない道路のまがりかど又は見とおしのきかない上り坂の頂上で道路標識等により指定された場所を通行しようとするとき。
二 

山地部の道路その他曲折が多い道路について道路標識等により指定された区間における左右の見とおしのきかない交差点、

見とおしのきかない道路のまがりかど又は見とおしのきかない上り坂の頂上を通行しようとするとき。
2 車両等の運転者は、法令の規定により警音器を鳴らさなければならないこととされている場合を除き、警音器を鳴らしてはならない。ただし、危険を防止するためやむを得ないときは、この限りでない。

 

法律の専門家ではないので、あくまで私はこう解釈したというレベルでいうと

警音器は法律により鳴らさなければいけないと指示されている場所以外では、特例をのぞき鳴らしてはいけない。と解釈します。

 

つまり警音器を鳴らすタイミングは

1見通しのきかない交差点

2見通しのきかない場所のうち、道路標識で指定されている場合

3例外としてやむを得ない場合

 

ということ。

 

1、2は「見えないけど、ここに車がいるぜ!」というPRをするため

3は…どんな場合だろう?

 

危ない!このままだとぶつかる!と言う場合ですね。

 

つまり、前の車が遅いとか、道を開けやがれ!と言った理由で鳴らしちゃダメ。

 

 

 

言い方を変えれば、クラクションを鳴らされたら、事故を防止してくれるために鳴らしてくれたんだ!と感謝しなければいけない状況。

 

もしそうでなければ、法律を知らないバカが自己顕示欲ムンムンで鳴らしているか、天下の往来を自分の所有物と勘違いしている無知無学の輩だから思いっきり蔑んでOK。

 

 

そう考えると、多くの自動車・自転車運転者はバカばっかだ。

私は一日3回はクラクション(自転車のベル含む)を聞く。

特に、年寄りに多い、歩道で「チリンチリンチリンチリン」とベルを鳴らすバカはバカの極み。

自転車は車両を走るのが原則だし、そもそも道路交通法って基本歩行者優先だから、邪魔だからどっか行けという発想はありえない。

 

 

 

だからね。

あなたは悪くないよ、って伝えたい。

 

躾として、音を立てて食べるな、とか足音がうるさいとか、扉を音を立てて閉めるなとか

言われたでしょ?

あれと同じで、本来必要以上に音を立てるって、大変下品な行為なのよ。

 

今度クラクションが聞こえたら考えてみてください。

この警音器は必要だった?って。

もし不要と思ったら、「まーたバカが自己顕示欲ムンムンでなんかしてるな」とでも思って蔑めばいいのです。

会社のロゴが入っていたら、会社の品格を疑えばいいのです。

 

 

1日3回はクラクションが聞こえておかしいなと思って調べたらこういう結果に至りました。

歩いているときみんな何考えてるんだろう?

どこで聞いた話か忘れましたが、人間は一日6万回も思考しているらしいです。

 

そもそも、何をもって思考1回の定義がよくわかりませんが(思考って連続性あるよね?)、例えば、歩いているとき、とりとめもないことをぼんやりと考えていたりしますよね(私だけじゃないよね?)

 

 

さて、そこで私は考える。

日課の散歩中に何を考えていたのだろうか。

 

…ところが、思い出せないのです。不思議。

せっかく考えたことを思い出せないのはもったいない?

もしくは思い出すまでもないくだらないことなのかも知れないけど、こんなことを聞いた以上、私は日常的に何を考えているのか気になってしょうがないので、本日の散歩中にメモを左手、ペンを右手にとり、散歩してみました。

 

以下は私がぼんやり考えたことのうち、意識的に「今考えてる!」と思った内容のメモをブログに書き写したものです。

 

思考が行ったり来たりで読みにくいかもしれませんし、そもそも誰の参考になるのか分からないけど、恐れずに勇気を出してアップしてみます。

 

これだけじゃあまりに分からないだろうと思った部分は、かっこをつけ補足説明してます。

赤の他人の思考なんて、なかなか見る機会ないしね。(興味がないとも言う)

暇過ぎて死にそうな人は、よかったら見てみてください。

※あくまで私が考えたことをメモしてそのまま公開しているので、内容の正誤は保証出来ません。

 

 

・なぜ国民からもっと税をとると明言している自民党が人気なのか。国民はどMなのか。それとも消費税UP法人税DOWNが日本を救うと論理的結論をだし投票しているのか。

 

憲法改正に賛成するにせよ、反対するにせよ、今結論を急がない方が良い。

みんな熱くなってる。熱くなっているときには論理が優先されにくくなりがち。

ちょっとクールダウンぷりーず。

 

GDPバブル崩壊以降15%下がっている分けではない。むしろ微増している。しかし労働者の給与は15%程度下がっている。これはデフレの影響か。しかし、ポテチの量は減ったことを考えると、15%物価が下がったとは思えない。富の流れが変わっただけなのか。

 

・定年後に読みたい文庫100冊(勢古浩爾)の前書きに、高齢者程本をよむと書いてあったが、私の所持しているデータでは年寄程本を読まないのだが、著者は私より高い精度のデータを持っているのか?その場合どこのデータだ?やはり、文化庁の調査とはいえ、2000人程度のサンプルでは少なすぎるんだよなぁ。(参考:拙ブログエントリ一か月に7冊読むだけで日本人TOP3%…ってまじかよ - 読書百遍)

 

・一時停止線でなぜ車は停止しないのか。自動車教習所で教え込まれている以上、法律を知らないというわけではないだろう。福沢諭吉は、法律を守らんのは自分との約束を破るようなものだと学問のすすめで言っていたような気がするが、車を運転する人の大半は自分との約束を守れないんだな。(参考:学問のすすめ6編・7編)

 

・私は暇人か?いや、忙しい。少なくとも習慣として働いている人より、毎日何をすべきか?何がしたいか、をしっかり毎日考えている。習慣通りの事しかできない人間に忙しい人などいないだろ。

ただ、習慣にしたがっているだけ。

 

・タバコ辞めたいとふと思う。何故辞めたいのか?と自問するも答えでず。

 

・安全第一って工事現場でよく目にするけど、何故外に向けてアピールしているの?安全第一に作業すべきは歩行者じゃなくて君たちでしょ?私たちは安全第一に作業していますってアピールなの?実際は安全第一に作業してる?

 

・個人カフェってなんとなく入りにくい。これって、個人飲食店がビジネスを行ううえでの大きな問題だよね。チェーン店は過去の体験から入りやすいと思い込んでいるから気軽に入れるが、個人点にはそれがない。

 

・車って無個性。ピンクの痛車が目立つのは、ピンクの痛車が少ないから。

なぜみんな車で自己表現しない?

 

・カンガルー特急便なんだ。(カンガルー宅急便と思っていた)

 

(ここからタリーズコーヒーで休憩)

 

タリーズで休憩。アイスルイボスミントティーおいしい…が、なぜ私はプラカップで提供された?

不細工は座るなということか?好きな店なんだけど、怖いからもう行かない。

 

・この時期にみんなホットドリンクのんでる・・・

 

・(新聞読んでいる人を見て)なぜ、企業・政府・テレビ局・最近は商品紹介も多数ある宣伝雑誌を有料で買うのだろう。スマホの追尾型広告だけでもお腹いっぱい。

 

スマホを見ながら歩いている人って、ぶつかる直前にサッと避けるけど、どんな訓練を積んでいるのだろう?そもそもぶつかりたくなければ前を見て歩けばいいのでは?

 

・小雨。傘をさす人と(傘を持っているのに)傘をささない人。濡れ体勢が人によって違う?

どんな思考プロセスを経て傘をさすORささないを決定しているの。

私は…顔が濡れて歩きにくいと感じたら傘をさしている気がするだけ。多分無意識。

 

(タリーズをでる)

・(歩きタバコしている人を見て)タバコの副流煙は距離の3乗に反比例するからほぼ無害とか、排気ガスの方が体に悪いとかそういった理論を聞くけど、私はそれでも屋外喫煙に反対。(私は喫煙者)

火を持って歩くって単純に危険です。松明持って歩いていたら警察全力疾走で追いかけてくると思う。じゃあパイプはOK?うーん。(思考拒否)

 

・今年はセミのご遺体をよく見かける気がする。無職になり目の解像度があがったのかな?

 

三菱銀行のガードマンは背筋が伸びていてGOOD。それにひきかえ、工事現場のガードマンと来たら、携帯いじりながら突っ立っているだけ。ヘルメットで頭をガードするから、ガードマンなの?

 

・(苛立った顔のスーツ姿男に抜かされて)そういえば歩くの遅くなったなぁ。

社畜時代は自分より前に人がいること自体が嫌だったし、直線距離を移動できないと、すれ違い様に舌打ちするレベルだった。最近苛立った顔のOLっぽい人に抜かれたけど、もっとゆっくり生きたらどう?

 

・大人って結局この程度の生き物よ。(なぜこのメモをとったのか不明)

 

・○○商会ってなんで怪しい響きに聞こえるのだろう?

 

 

わずか一時間程度でこれだけ考えています。

実際は無意識でもっと一瞬一瞬色々考えているのだと思いますが、メモにこれだけかかれています。一部どういうシチュエーションで書いたのか記憶あいまいなところもあります。

 

…なーんだ、結構高尚なこと考えてるじゃん。

 

 

一か月に7冊読むだけで日本人TOP3%…ってまじかよ

マジで?

 

今回は文化庁のデータをベースに日本国民×読書というテーマで考えてみたいと思います。

 

元ネタはこちら↓

http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/h25_chosa_kekka.pdf

文化庁の調査です。(関係ある記事は10頁から13頁)

(少し古いデータですね。調査は5年毎?)

 

この記事を読む前提知識として、

約3000人が調査対象。うち有効解答約2000人。

サンプルの抽出は財団法人による個別面接とのことですが、完全無作為なのか?日本47と道府県偏りなし?など多少分からない点もあるが、あくまで日本国が日本国民を対象に調査した偏り無きデータとして扱います。

また、私は読書は絶対的な善という立場をとります。読書不用論はとりあえず置いておきます。

 

では本題。

 

 

 

 

一ヶ月に読む本の冊数

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どう思います?

一般的な日本人のデータと仮定すれば、半数が読書ゼロ。月7冊以上が驚きの3.6%。

毎月10冊は確実に読んでいる私としてはドヤ顔せざるを得ないデータですね。

※無職だから10冊読んでいる訳ではないですよ。社畜時代から少なくて5冊多くて20冊は読んでました。(冗談みたいな話ですが、一人暮らし時代、本を書くためにクレジットカードで借金をしたこともあります。)

あなたの読書量が毎月5冊だとしたら、日本人TOP7%です。

これを1.2億人で考えると840万人に1人の逸材です。すげぇー。

 

 

一ヶ月に本を一冊も読まない人は…年寄りだ!

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・10年前から比べると、日本人は全体的に読書をしなくなっている。

・年齢が上がるほど1ヶ月に1冊も本を読まない人が増えている。

ここで私が驚いたのは、(前に出したデータでも明らかですが)平成20年と比較しほとんど1冊も読まない率が変わらない。平成20年はまだスマホが爆発的にヒットしていない状態だったと記憶しております。そして平成25年はほぼ日本国民にスマホが普及しているのではないでしょうか。

つまり、スマホにより、本を読む人が減ったという論理は嘘。

パソコンの普及で本を読む人が減ったと言うのは妥当性ある推論。

 

 

読書の必要性を感じてます?・・・ってえぇぇ!?

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さらにこちらのデータ

ざっくり言うと読書の必要性を感じている人の割合って感じのデータよね

 

ここから読み取れるのは、

全体的に女性の方が読書の必要性を感じている

60代以上になると読書の必要性を感じる人は減りつづけ、不要論者が逆転する

(一般的に言う)現役世代は読書の必要性を感じている

実際に読書量を増やしているのかは別として、これっていいことよね?

知的好奇心にしても、情報の必要性を感じているにしても「知」の必要性を感じている人が多いのは純粋な善だと思うです。

 

 

あなたは なぜ 読書をする?

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ちょっとこのデータから考える私の考察は独善的ですが、

娯楽で読んでいる人より必要性を感じている人の方が多い。

話題共有・趣味・流行等、他人との関わりより、自分のために読んでいる人が多い

5年間で読書に対するスタンスはほとんど変化なし

 

 

 

最後にまとめ

・たった7冊以上の読書で日本人TOP3%だ!

・所謂現役世帯は読書の必要性を感じている。特に女性の方が全体的に意識高い

・若者は読書してるし、必要性を感じている。読書しないのは年寄りだ!

 

 

以上で私の考察はおしまい。

皆様はどう思われるでしょうか?

 

最後に参考動画。

若者の読書離れは嘘?上のデータを見れば・・・あきらかですね。

www.youtube.com

 

(出版社・書店のみなさん!ビジネスチャンスですよ!)

【放送大学】Javaプログラミングの基礎 履修者のために

私のブログで現状一番人気の記事がこちら。

【放送大学】Javaプログラミングの基礎 自分用メモ - 読書百遍

 

 

なので、アクセス目当て補足でJava履修者を対象にした記事をかいておきます。

全体的に、放送大学でプログラミングをやってみたい!と言う方を応援したいというスタンスで書いております。ぜひ挑戦してみてね!

 

ちなみに私は同科目A評価でした。

小テストをいくつか未提出だったのが響いた模様…。

 

 

 

 

履修を検討したら読んで

まずは全体的な体感難易度のお話、

私は高校時代C言語をかじっています。ただしさっぱり意味ワカランヌでした。

「しゃーぷいんくるーど すたじお どっと えっち」

これだけ覚えています。(分からない方、ごめんなさい)

んで、その後趣味でRubyという言語を少しだけかじっています。

んで、仕事で、通信関係の技術者をちょこっとやりました。

んで、情報コースでいくつかの情報学理論を平行で学びました。

んで、んで、んで、

 

 

そんな人間の体感難易度は、まぁ難しい。

少なくとも2回のレポートを一夜漬けで作るのは不可能でした。

なので、2日間行けば単位もらえるんでしょ?という面接授業を選んだ方が楽の場合もあります。(それぞれ諸事ございますし、授業レベルも色々なので一概には言えませんが)

それでも、プログラミングをやってみたい方!ぜひ履修してみてね!

 

では本題

以下3点を確認しYESなら履修をしてみよう!

・私はパソコンスキルが人並みにあります

・私はWordファイルをPDFにする技術を持っています。

・私は分からないことをインターネットで調べる程度のICTリテラシーを持っています。

 

 

 

次学期が始まる前に読んで

何よりも大切なのはJava実行環境を整えよう

これは絶対にやっておいた方がいいよ。

実際、談話室(履修対象者専用のSNSと思ってください)でも、主任講師からのメールでもかなりJava環境構築に関する話が出ています。

(つーかJava実行環境を整えられる人が履修対象者ってシラバスにも明記されてるんだけどね)

推奨環境はWindowsMacOSですが、私はLinuxMintというOS(正確にはディストリビューション)を使っているが、問題なく単位認定です。

 

履修を始めたら読んで

ここが注意点だ!

・小テストは全部満点を目指そう!

一度間違えても何度もチャレンジ出来ます。そして成績に反映されます。

 

・中間レポート・最終レポートの提出期限は放送授業とは別!

これを間違えたのか中間レポートを未提出の方が目立ちました

 

 

中間レポート・最終レポートにつまずいたら読んで

内容を語るとネタバレになるので、あくまで考え方をかいておきます。

また、私が履修をしたのは2016年1学期ですので、それ以降レポート内容が変更になっている可能性もありますので注意してください。

 

・自力で書けなそうなら、ソースコードのコピペで50%は完了する

ただし、この行は何を行っているかというコメントの記述が必須なので、コピペだけで合格できないようになっているあたりがニクイね!

 

・プログラミングはクリエイティブ&文学的な作業です

ガチガチの理論的な技術と思われがちですが、少なくとも私はこう考えます。

まずはレポートの内容をよく読んで、私ならこのプログラムをどのように書こうか?ということを考えてください。出来る、出来ないは別です。とにかく、私はこういうプログラムを書こうと決めてください。そして、どうすれば書けるかという作文を書いてください。(フローチャートともいう)

解答が無限に存在するのが、プログラミングの最も楽しい点なのですから!

 

 

・実装方法が分からない?あなたの目の前にある機械はインテリアですか?

分からないことは容赦なくGoogleを使いましょう。

誤解を恐れずに言えば、プログラミングには「車輪の再発明」を嫌う文化があります。

ひどい言い方をすれば、プログラミング初学者が考えつく程度のプログラムは大体何らかのヒントは検索で見つかります。(勿論、自動音声認識、翻訳人工知能のような、超高度なプログラムを書く気でいるなら別ですが、それを実装しようとしてもヒントは見つかると思いますよん)

※ただし、コピペは基本止めておく事をオススメします。

パッケージを使うなら、しっかりコメントで明記した方がいいと思うよ。

 

 

 

 小ネタ

放送大学学生専用ホームページには、Java履修対象者限定のコミュニティ(と言う言い方でいいのかしら?)があります。そちらで様々な方が質問・解答を行っていたので、使ってみるのもいいでしょう。

 

 

最後に

私は放送大学Javaプログラミングの基礎を履修する方を強く応援しております。

 

 

2ちゃん住人が考える10代で読んでおくべき必読書一覧

どうにかして見やすくしたいのだが・・・

暫定版として置いておきます。

ちなみに300冊を軽く越えていますが、国文学(夏目漱石とか、三島由紀夫とか)や、現代文学(村上春樹とか、司馬遼太郎とか)が入っていない。ドストエフスキーヘミングウェイもいない。

まだまだ必読書は多数あると思うのだが・・・

そのわりに、純粋理性批判資本論等、恐らく20代で読んでも難解な本も含まれており、

うーんと言う感じですね。

 

 

プラトン『国家』

アリストテレス『ニコマコス倫理学

ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』

ヘーゲル精神現象学

デカルト省察

パスカル『パンセ』

ライプニッツ『単子論』

カント『純粋理性批判

キェルケゴール『死に至る病

バーク『フランス革命省察

ジェイムズ『宗教的経験の諸相』

ニーチェ道徳の系譜

ベーコン『ノヴム・オルガヌム

フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学

メルロ=ポンティ『知覚の現象学
ハイデッガー存在と時間

アーレント『精神の生活』

ヨナス『責任という原理』

サルトル『存在と無』

ベルグソン『時間と自由』

ミンコフスキー『生きられる時間』

レヴィナス『全体性と無限』

フロイト『快感原則の彼岸』

ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイディプス』

フォーダー『精神のモジュール形式』

ヤスパース精神病理学総論』

レンベルガー『無意識の発見』

ラカン精神分析の四基本概念』

フーコー『言葉と物』

ソシュール『一般言語学講義』

ヴェイユ重力と恩寵

ディルタイ『精神科学序説』

ブーバー『我と汝・対話』

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考

ミンスキー『心の社会』

ライル『心の概念』

バタイユ『エロティシズム』

アガンベンホモ・サケル

ラッセル『西洋哲学史

ルソー『社会契約論』

スピノザ『エチカ』

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
リップマン『世論』

オルテガ『大衆の反逆』

マンハイムイデオロギーユートピア

フロム『自由からの逃走』

ミルズ『パワーエリート』

リースマン『孤独な群衆』

パーソンズ『社会的行為の構造』

デュルケム『ジサツ論』
イリイチシャドウ・ワーク

M・ポランニー『暗黙知の次元』

バレーラマトゥラーナ『知恵の樹』

ルーマン『社会システム理論』

ブルーム『アメリカン・マインドの終焉』

シオラン『歴史とユートピア

ハバーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』

ロールズ『正義論』

ブルデューディスタンクシオン

オング『声の文化と文字の文化』

アドルノ&ホルクハイマー『啓蒙の弁証法

フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』

サイード『オリエンタリズム

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』

アンダーソン『想像の共同体』

シンガー『実践の倫理』

マッキンタイア『美徳なき時代』

ホイジンガホモ・ルーデンス

カイヨワ『遊びと人間』

フレイザー金枝篇

モース『社会学と人類学』

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』

ギアツ『文化の解釈学』

キャンベル『千の顔をもつ英雄』

ブローデル『地中海』

ウォーラーステイン『近代世界システム』

クラウゼヴィッツ『戦争論』

アダム・スミス国富論

ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』

ベンタム『道徳と立法の原理序説』

ミル『自由論』

マルクス資本論

アルチュセール資本論を読む』

シュンペーター『経済発展の理論』

フリードマン『資本主義と自由』

ハイエク『法・立法・自由』

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論

ヴェブレン『有閑階級の理論』

ポランニー『大転換』

ボードリヤール『消費社会の神話と構造』

セン『貧困と飢饉

ベル『資本主義の文化的矛盾』

ドラッカー『「経済人」の終わり』

サイモン『経営行動』

ギデンズ『近代とはいかなる時代か』

ホワイトヘッド『過程と実在』

クリプキ『名指しと必然性』

ポパー『推測と反駁』

クーン『科学革命の構造』

ラカトシュ『方法の擁護』

デイヴィドソン『真理と解釈』

パトナム『事実/価値二分法の崩壊』

ベイトソン『精神の生態学

ベンヤミン『パサージュ論』

デリダ『法の力』

リクール『時間と物語』

ペンフィールド『脳と心の正体』

スローターダイク『シニカル理性批判』

シュミット『政治神学』

ダール『ポリアーキー

ヴァイツゼッカーゲシュタルトクライス』

チョムスキー『文法理論の諸相』

ヴィゴツキー『思考と言語』

パノフスキー『イコノロジー研究』

ソンタグ『反解釈』

ウィルソン『生命の多様性』

ドーキンス利己的な遺伝子

ギブソン生態学的視覚論』

ケストラー『機械の中の幽霊』

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』

イーザー『行為としての読書』

イーグルトン『文学とは何か』

ホフスタッター『ゲーデルエッシャー、バッハ』

ド・マン『ロマン主義のレトリック』

ブランショ『文学空間』

ガダマー『真理と方法』

ローティ『哲学と自然の鏡』

セラーズ『経験論と心の哲学

レイコフ『認知意味論』

ダマシオ『生存する脳』

クワイン『ことばと対象』

アウエルバッハ『ミメーシス』 ミード『西洋近代思想史』

ネグリ『構成的権力』

クリステヴァ『詩的言語の革命』

ランシエール『不和あるいは了解なき了解』

クリシュナムルティ『生と覚醒のコメンタリー』

バルト『エクリチュールの零度』

マクルーハン『メディア論』

ボルツ『グーテンベルク銀河系の終焉』

キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』

ローランの歌

『薔薇物語』

狐物語

『トリスタンとイズー』

ヴィヨン『遺言詩集』

モンテーニュ『エセー』

ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』

コルネイユ『ル・シッド』、ラシーヌ『フェードル』

モリエール『タルチュフ』

ラ・フォンテーヌ『寓話』

ラ・ファイエット夫人『クレーヴの奥方』

ディドロ『ラモーの甥』

ヴォルテールカンディード

ルソー『告白』、

サド『悪徳の栄え

マリヴォー『愛と偶然との戯れ』

ラクロ『危険な関係

レヴォー『マノン・レスコー

ボーマルシェフィガロの結婚

シャトーブリアン『アタラ』

コンスタン『アドルフ』

デュマ・ペール『三銃士』

ユゴーレ・ミゼラブル

ミュッセ『ロレンザッチョ』

サンド『愛の妖精』

デュマ・フィス『椿姫』

メリメ『カルメン

スタンダール『赤と黒』

バルザックゴリオ爺さん

フローベール『ボヴァリー夫人』

ゾラ『居酒屋』

モーパッサン『脂肪の塊』

ボードレール悪の華

ランボー『地獄の季節』

ヴェルレーヌ『言葉なき恋歌』

マラルメ『骰子一擲』

リラダン未來のイヴ

ユイスマンス『さかしま』

プルースト失われた時を求めて

ジッド『狭き門』

ヴァレリー『テスト氏』
アポリネール『アルコール』

ブルトン『ナジャ』

コクトー恐るべき子供たち

ジュネ『泥棒日記』

ラディゲ『肉体の悪魔』

ロラン『ジャン=クリストフ』

モーリアック『テレーズ・デスケルウ』

サン=テグジュペリ『星の王子様』

コレット『シェリ』

セリーヌ『夜の果てへの旅』

アラン=フルニエ『グラン・モーヌ』

バタイユ眼球譚

マルロー『人間の条件』

サルトル『嘔吐』

カミュ『異邦人』

ユルスナールハドリアヌス帝の回想』

ベケットゴドーを待ちながら

イヨネスコ『禿の女歌手』

ブランショ『謎の男トマ』

クノー『地下鉄のザジ

ペレック『人生使用法』

ロブ=グリエ『嫉妬』

シモン『フランドルへの道』

デュラス『愛人』

ビュトール『心変わり』

ル・クレジオ『調書』

トゥルニエ『フライデーあるいは太平洋の冥界』

トゥーサン『浴室』

クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

サガン悲しみよこんにちは

クリストフ『悪童日記

ウエルベック素粒子

 

東洋思想
司馬遷史記

韓非『韓非子

孫子孫子

太公望六韜

荘子荘子

荀子荀子
孔子論語

孟子孟子

易経』 『書経

詩経』 『礼記

孔子『春秋』

班固『漢書

范遥『後漢書

陳寿三国志

房玄齢『晋書』

沈約『宋書』

南斉書『蕭子顕』

姚思廉『梁書』

姚思廉『陳書』

魏収『魏書』

李百薬『北斎書』

崔仁師『後周書』
魏徴・長孫無忌『隋書』

李延寿『南史』

李延寿『北史』

欧陽脩・宋祁『新唐書

欧陽脩『新五代史』

小沢一郎日本改造計画

老子老子道徳経大鏡

藤原為経『今鏡』

中山忠親『水鏡』『増鏡』 『吾妻鑑』

成島良譲『後鑑』

徳川光圀大日本史

慈円愚管抄

池田大作『人間革命』

朱子朱子語類』 『平家物語』 『太平記

太安万侶古事記

舎人親王日本書紀

菅野真道『続日本紀

藤原緒嗣日本後紀

藤原良房続日本後紀

藤原基経日本文徳天皇実録

菅原道真日本三代実録

藤原信西本朝世紀

菅原孝標女更級日記

紀貫之土佐日記』 『宇治拾遺物語

無住道暁『沙石集』『伊勢物語

紫式部源氏物語

近松門左衛門『曽根崎心仲』

鶴屋南北東海道四谷怪談』

本居宣長『玉勝間』

大伴家持万葉集

紀貫之古今和歌集

藤原定家新古今和歌集

井原西鶴『日本永代蔵』

松尾芭蕉奥の細道

諸葛亮孔明『出師の表』 

陶潜『雑詩十二首』

李白『李太白文集』

杜甫『杜工部集』

白居易『白氏文集』 

 

 

高木貞治『解析概論』

ハイデガー存在と時間

コルモゴロフ『確率論の基礎概念』

アインシュタイン相対性理論

ストロガッツ『SYNC』

バーンスタイン『リスク』

アトキンス『エントロピーと秩序』

岡潔『春宵十話』

ゲーデル不完全性定理

ルネトム『構造安定性と形態形成』

シューム『「標準模型」の宇宙』

ガウス『誤差論』

ヒルベルト幾何学基礎論』

スタンリー『相転移と臨界現象』

朝永振一郎『スピンはめぐる』

ポアンカレ『科学と方法』

スミス『進化する階層』
シュレーディンガー『精神と物質』

プラトン『テアイテトス』

キャンベル『生物学』

ハイゼンベルク『部分と全体』

ニュートン『光学』

ライプニッツモナドロジー』
ケイン『スーパーシンメトリー』

デルコミン『ニューロンの生物学』

カントル『超限集合論

マルクス資本論

ファインマン量子力学経路積分
シャハレビッチ『整数論

ニュートン『プリンシピア』

プリゴジン『確実性の終焉』

ローレンツ『ソロモンの指環』

ブルバキ数学原論

ポントリャーギン『連続群論

ヴァイル『シンメトリー』

ペンローズ『皇帝の新しい心』

キッテル『固体物理学入門』

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考

キースラー『無限小解析の基礎』

ウィーナー『サイバネティックス

カドムツェフ『プラズマ中の集団現象』

アーノルド『古典力学の数学的方法

ルベーグ積分・長さおよび面積』

ディラック量子力学

ヤマグ・チノ・ボル『ゼロの使い魔

マクマリー『有機化学

バーロー『物理化学』

ファン・デル・ヴェルデン『現代代数学

ヘッブ『行動の機構』

ケプラー『宇宙の調和』

ミチオカク『超弦理論M理論

アダマール『発明の心理』

ストライヤー『生化学』

セール『有限群の線型表現』

マスロフ『摂動論と漸近的方法』

クーン『科学革命の構造』

シャルガフ『ヘラクレイトスの火』

シュライバー『無機化学

ホップクロフト『言語理論とオートマトン

フレシェ『抽象空間論』

クーラン&ヒルベルト『数理物理学の方法』

ナサー『ビューティフルマインド』

ノイマン『自己増殖オートマトンの理論』

デュドネ『人間精神の名誉のために』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【読書感想文】年収90万で東京ハッピーライフ その2

今日は隠居が見た社会問題について

※師とは著者の事

※引用中同書は年収90万で東京ハッピーライフのこと

 

 

 

まずはちょっと長いですが、こちらの引用から

 

 たまに外出先で、どうしてもお腹が空いて、知ってるお見せも近くに無いと、ファーストフード点に入ることがあります。

そして大体面白いです。

何が面白いかというと、そこにいる人がどうやって食べ物を食べているのかを観察することです。ほとんど機械的に食べていて、あんまり噛んでなくて、ひたすら飲み下すだけの人、多し。喉ごしを楽しんでいる。ざる蕎麦じゃないんだから。スマホいじりながらとか、ゲームしながらとか、食べ物に目もくれずに、思いも馳せずに食べる。「いただきます」も、「ごちそうさま」もない。

こういうとき、たべるってなんだろうなー、と思う。

(中略)

ちょっと食べることを蔑ろにしすぎてないだろうか、私を含めた現代人。

同書P68~69

 

 ここから何が読み取れるだろうか。

 

・食事は外食するもんだ

同じ値段を出すなら自炊した方が栄養バランスよし、うましな食べ物を食べることが出来る。

無職が保証する。(冬は野菜高いけどね…)

 

料理が嫌いな人が増えたのか?

料理する時間もないほど働いているのか?

料理する気力もないほど働いているのか?

料理の方が結果として高くつくのか?

 

スマホいじりながら、ゲームしながら食事

これって、人と会っているときに顕著に感じる。

なぜ人と会っているのにスマホいじってるの?私と会うよりスマホみている方が楽しいなら

私に話しかけないでください。

 

食事中の時間がムダと思われているのか?

依存症なのか?

仕事をしているのか?

食事に興味がないのか?

 

 

師の前著で「昔はあまり外食するってなかった気がする」ともあり、現在どうしてここまで外食産業(特にチェーン店)が栄えているのだろう。

これは軽く考えて終わらせない方がいい。

現代人働きすぎ問題

家族揃ってご飯食べない問題

いただきます禁止問題

スマホ依存症問題

その他諸々

日本が抱える社会問題の縮図をギュッと凝縮した一節だと思う。

 

著者はすごい暗喩を仕込んでいるなぁ、と驚くなり感心するなり

そんな一節でした。

 

 

もう一つ引用から社会問題を考える

 

少し前置きの話として、著者が通っていた中学では、マフラー着用禁止のルールがあり、それ意味分からん。という所から以下の引用文につながる。

 

ルールって本当意味分かんないことが多い。ルールが出きるからには「こうした方がみんなが暮らしやすい」みたいな理由があるはずで、その理由が実生活で成立しなくなってたら、守る意味ないと思うんですけど。必要な鋳物を守りつづけることで、逆に今暮らしにくくなっちゃってるじゃん。誰のための、何のためのルールなのか。めんどくさくても、いちいち考えた方がいいんじゃないでしょうか。

同書P55~56

 

ここからなにが読み取れるだろうか。

 

・世間のルール(常識)は本当に必要なものだろうか。

法律故に生きにくくなっていないか?

規則故に非効率な業務はないか?

世間で言われている常識は誰のためのものか?

・なぜ意味分からんルールが残るのか

誰も改善しないから?

みんな理由は知らんけどルールは守って当然と思考停止しているのか?

 

そして同書の別箇所でも書いてあるんだけど、

全員が週5日で働くべし!ってのも変だよね。

いや、なぜ週4日で給料2割引!みたいな仕事がほとんどないのかの方が逆に疑問。

確かにすべてをテンプレにしてしまうと楽ではあるんだけどね。

 

 

ここから読み取れる社会問題は相当深刻で

ルールを変えるリーダーの欠如

(不合理な)ルールを変えない方がいいという既得権が強すぎる

全体主義屋さんの同調圧力が強い

といった所。

 

 

 

 

 

その他同書からは多数の社会問題を「私はこっちの方がラク~」とお気楽に語る風を装って、

問題提起をしている。

暗喩のプロか!

 

 

といった所で今回の読書感想文はおしまい。

 

 

 

 

 

前回の記事はこちら

【読書感想文】年収90万で東京ハッピーライフ その一 - 読書百遍

前作の記事はこちら 

【読書感想文】20代で隠居 その1 - 読書百遍

 

 

 

 

 

あなたが手に取った本はすべて、運命の本です

まずはこちらをご覧ください

少しだけ古いデータですが、現在の出版業界を発行部数で見ることが出来ます。

 

 

www.garbagenews.net

 

 

と、いいつつ一々ご覧いただくのも面倒だと思いますので要約します。

 

 

・現在、新刊書籍の出版点数は約8万点である。

・新刊の発行点数はほぼ右肩上がりである。

 

 

と言うこと。

 

これは勿論日本のデータなので、外国で出版された本を合わせるとさらに膨大な数になるでしょう。

また、一年で8万点出版されていると言うだけでなく、勿論、過去にも膨大な数の本が出版されています。

生まれた場所・生まれた時代まで考えると、そもそもあなたの目に止まることなど一生無いであろう本も無限と思われる程あります。

 

 

そんな無限にも思えるような本の総数を前にして、あなたが手に取った本。

それは運命の相手では無いでしょうか。

 

 

さらにダメ押し!

年間100冊本を読んでいますと言う方は、相当な読書家でしょう。

それでも、今年1年間で発行される新刊8万点だけで考えても、たった1%にも満たないんです。

 

 

 

 

だから

どうぞ、手元にある本を大切にしてあげてください。

 

 

何気なく手に取った本は、あなたに選ばれるのを待っていたのかもしれません。

 

 

 

古書店・本屋・図書館を巡回してそんなことを感じました。